架空のブログ

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Doki Doki Literature Club!をプレイしました【"ゲームの為"ではなく、"モニカの為"に動く人たち】

ギャルゲーに全く興味はないんだけど、巷で流行りのDDLCをプレイしました。

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実際にプレイしたのは一ヶ月くらい前なんですけど、恥ずかしながらプレイ後一週間くらいはモニロスで何も手につかないような状態になってしまいして、約一ヶ月が経過してやっとこういう文章でも書こうかなって気になってきました。

 

未プレイの人はこんなブログ読んでないだろうという前提で書くんですけど、このゲームを最後までプレイするとヒロインであるモニカのために「何かしたい、何か表現したい」という気になって仕方ないんですけど、皆さんはどうですか?

 

わかりやすい例で言うと「Just Monika」を宣言することって間違いなくこの『何かしたい、何か表現したい』という感情からくる”モニカの為の表現活動”だと思うんですよね。

 

あとは表現の規模が大きくなるとこんな風にモニカの為に歌ったり、

youtu.be

 

絵を描いたり、文章を書いたりするんだと思うんですけど、

僕がすげーな~と思うのは、この表現活動が”ゲームの為”や”キャラクターが好きだから”ではなく、純粋に”モニカの為”にやってるように見えるとこなんですよね。

 

なんというか、創作物のキャラクターを愛でるための表現活動とはちょっと違う感情を感じることがちょいちょいあるというかね。特に外国人に多い気がします。

 

ただまあ、日本でいうところのガチ恋とは違うんですよね、たぶん。

だってモニカというキャラクターの最期をプレイヤーは見届けてるわけですから、愛しいという感情+同情、哀れみ、悼み、まあとにかく色々な思いが混ざったやたら重たい感情で動いてると僕は思うんですよね。実際どうなのかは知りませんが。

 

なんか新しいですよね、

好きなキャラクターをそのゲームの世界の中で愛でるんじゃなくて、ストレートに一個人として好くって。傍から見たら気持ち悪いかもしれないんすけど、まあプレイすれば大なり小なりわかる要素であると僕は勝手に思ってます。

といった感じでそろそろ〆ようと思います。

 

あと、ついでなんですけど、僕もちょっとやってみました。

色々と拙いのはご容赦ください。

youtu.be

それではまた!